第179回(平成28年4月28日)

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三菱の創業者岩崎弥太郎が草葉の陰で泣いている?


  日本経済の2割は3大財閥(三井、住友、三菱)が占拠しているのが現実だ。「組織の三菱」と称される三菱は、主要企業29社で三菱グループの社長会「金曜会」に会長、社長48人が一堂に会する。三菱は1870年(約146年前)に、創業者岩崎弥太郎により設立された。岩崎氏は、幕末に生まれた。生家は、高知県の安芸市にある。お世辞にも大邸宅とは思えない普通の土佐藩の下級武士の家屋の出身である。立身出世を夢見て上京し、明治時代に生まれたベンチャー企業の代表で、明治維新の動乱の時期に政商として、海運業で莫大な富を得て急成長し、戦後の財閥解体にも生き延び押しも押されぬ大財閥としての存在感がある。菱形(スリーダイヤ)のエンブレムで一目置かれている。

 ただ、重厚長大産業からIT関係の通信やサービス、ゲームなどの事業展開が出遅れているのが、今後の重大な課題であるといえる。

 三菱自動車は岡山県の水島工業団地にもあり、主に軽自動車を生産している。下請け企業も約30社程あり、一大企業で岡山の経済等にも影響力は多大である。

 しかしながら、三菱自動車は過去にもリコール隠し問題を起こしている。今度、燃費データの不正操作問題等、会社の抱える問題の根は深く、普通の会社であれば倒産やむ無しであろう程の問題で外国への影響も計り知れない。

 数値のでっち上げだから、言い逃れができない。政治家があうだこうだと言い逃れるようなことはできず、隠すこと自体ができない。

 三菱系の他社でも隠された問題があるのではないかと、疑心暗鬼の気持ちがわいてくる。

 大企業三菱の名前で仕事をしているのだから、絶対にいい加減なことはしない方が得策である。少し前には、旭化成が寸足らずの杭打ちをしてマンションが傾いた事件があったばかりだ。

 岩崎弥太郎氏が、もし生きていて、これらのことを知っていたらどういう心境になるだろうか。「わしの顔に泥を塗るのか」と言いたかったに違いない。

 他の三菱系の会社は問題がないと思うが、断定はできない。三菱自動車は、確実に信頼を失った。再起できるだろうか疑問だ。他の三菱系の大手会社群が、救済するであろうが、度々問題が生じるといい加減にしろということにもなる。

 今後の成り行きがどうなるか、見ものである。

 話題はがらりと変わるが、岡山市と中国の洛陽市とは、姉妹縁組を結んで35周年になるのを記念して、先日、岡山市民友好訪中団が洛陽市に赴き記念式典があった。約30人弱の市民が参加して、洛陽市へ行ってきた。

 35周年を記念して「日中民族音楽演奏会」も行われ盛り上がった。琴の演奏では、東京芸術大学に行っている若い女性が奏でた。岡山から琴を持参するなど大変でした。参加者の中には80歳以上の人もおられ、平均年齢は年金生活者層以上の人が多いように見受けられた。現実では、年齢的に介護のお世話になったり、病院に入院している方が多いなか、皆さん元気で歩いて、全行程において事故もなく岡山空港に帰ってきた。気持ちの問題が主たる理由だと思うが、年だからと諦めるのではなく、元気に旅行とか、身の回りを自分で行うようにすれば、介護の問題などは、かなり少なくなると考える。平均年齢では、世間的には年寄りと思われる人が、参加し道程を歩けることは幸せなことだと思う。朝早くから夜遅い日が、5日間程続くと気疲れするし、体力的にもきついが、気が張っているから、なんの問題も生じなかった。動ける間に旅などをして、人生を楽しむことも、今までの人生の働きに対するご褒美としてありがたいことだと思う。特に「白馬寺(はくばじ)」の拝観が印象に残った。三蔵法師が、インドから中国へ初めて伝えたお寺だ。日本の天台宗、真言宗の元になったお寺の住職さんの会話や、空海の肖像など記憶に残る価値ある白馬寺の参拝だった。

 お陰様で、私は生涯現役で、社長として責任ある立場を貫きたいと考えている。実務は若い人にやってもらっても、最終責任は社長がとらねばならない。

 いずれにせよ、楽しい中国(洛陽等)への旅でした。

 明日から連休に入ります。それぞれの予定があるでしょうが、じっとしないで平素できないことをやるのもよいことでしょう。

 私は、旅をはじめ、ゆっくりしながら本を読み、テレビで知識を得て、勉学に努めたいと考えています。

  

株式会社 馬場総合鑑定所

馬場 勉

 

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