第151回(平成26年4月30日)

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富岡製糸場が世界遺産に


 文化庁によれば、日本史で習った群馬県の富岡製糸場が「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界文化遺産登録をユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関から勧告されたと発表した。国内 14 件目の世界文化遺産となる。明治の産業遺産として大切に保存されてきた。もともとは、官営で 1872 年(明治 5 年)に設立されたのであったが、民営化されて 1987 年まで操業した。現状有資の姿を維持する為に、かつての所有だった片倉工業株式会社は、富岡市に寄贈するまで、年間一億円近い金を保存維持のためにつぎ込んできた。そういう行為は偉いと思う。なかなか出来ないことだ。お金はあっても取り壊して、別の目的に使用する場合が大半だが、片倉工業の発祥の地だということで大切に守ってきて、この度、世界文化遺産登録が正式に決定されることになった。

 世界遺産といえば、昨年登録された「富士山と三保の松原」が記憶に残っている。先日、全国経済同友会セミナーが、静岡で行われたので参加した。来年は金沢、再来年は岡山という順番で持ち回りのため、岡山経済同友会は張り切っているところだ。セミナー終了後 1 泊 2 日のコース「海と山から世界文化遺産」で富士山満喫の予定だったが、富士山は私達が恥ずかしかったのか姿を出さず見えなかった。残念でしたが、「三保の松原」から見えない富士山を想像した。地元でも富士山が綺麗に見えるのは、 3 日に一度の確率だそうだ。新幹線からも、見えることは少なく、姿が見えるとラッキーということになる。なかなか雄姿を見せない。駿河湾クルーズをした。帆船の立派な船だった。清水市内をバスで走ったが、「清水の次郎長親分」の実家が実在している。黒塗りの家でさほど大きくはないが、現在、花街も残っている清水市だから漁港として、今日に至るまで栄えている町と思われる。

 久能山東照宮では、宮司直々の説明があり徳川家康公を祀る神社に相応しい構えであった。日本平ホテルに泊まったが、風景美術館といえるだけの環境と眺めは非常によかった。もてなしも悪くなく、他のホテルも見習ったらよいと思った。ふと思ったのだが、岡山で全国大会をしたときに、観光してもらうところが、そんなに沢山あるのだろうか?と思うが、その気になれば、探せるだろう。

 静岡までいったのだから、東京まで足を伸ばすことにした。東京国立博物館で、開山栄西(ようさい)禅師 800 年遠忌「栄西と建仁寺」展が行われているので、特別展を見るのを楽しみにして行ったら、偶然にも思わぬ人に出会った。世間は狭いと思った。栄西は臨済宗を開いた人で岡山市の吉備津神社の出身である。建仁寺は、京都の祇園にある禅宗寺院。特筆すべきは、栄西が中国から持帰ったお茶との結びつきが、広く世に知られ先日( 4 月 27 日)には、岡山後楽園で栄西の 800 年遠忌栄西茶会が開かれたところである。郷土が生んだ「茶祖」に思い馳せ、奥深い茶の湯の世界に触れたところである。

 尚、「栄西と建仁寺」展には教科書にも載っている、俵屋宗達の国宝の風神雷神図屏風が公開されていた。見応えがある。迫力に、圧倒される。また、建仁寺には、海北友松の作品の宝庫でこれも見落とせない立派な墨絵の大作が多くあった。十分に特別展を堪能した。

 26 日の土曜日と 27 日の日曜日に掛けて高知平野のあたりのお寺さんを巡った。早くも田植えをしていた。二期作のためかと思ったが、そうではなく台風が来る前に刈り取りを終わらせる為らしい。ミカンやイチゴの農家が多く見晴らしのよいお寺さんも多いが、寺にたどり着くまで道が狭く緊張の連続のところもある。 88 ヵ所巡りでよいところは、四季によって草花が 1 日 1 日変わって行くことである。高さや種類によって、同じ時期でも場所によって異なる。まだ桜が咲いていたり、ボタン・ツツジ・ふじ・やまぶき・サギソウ等その他名前を知らない種類が多くみられた。これも 88 ヵ所巡りの魅力のひとつであり、ホテル(休暇村、あるいは、かんぽの宿など)の温泉も楽しみのひとつである。石段を登り降りしたが、体を使ってなかったためか、翌日は筋肉痛になって大変でした。体を使うことが大切で、階段の昇り降りができることは幸せである、と考えています。健康維持のバロメーターですから…。

  

株式会社 馬場総合鑑定所

馬場 勉

 

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